「国民実践要領」

◇吉田茂（1951-1-29）本会議
□「日本国民は、従来愛国心に富むと常に言われている国民である。われ々々も日本国民に愛国心が欠如したという事実は毛頭認めない。この愛国的精神に乗じてこれを悪用、逆用して侵略戦争、あるいは軍国主義の政治に至った過去の事実を考え、濫用悪用することの行き過ぎを戒むべきであると考える。また、その行き過ぎの結果、逆に愛国心を否定し、国家のために有害であるかのごとき説を昨今聞くのであるがこれもよくない。この行き過ぎを正して愛国心の点に正しい観念を養うことがたいせつであると思う」（33）

◇天野貞裕（1951-2-8）文部委員会
□「社会教育をどういうようにやるかということは社会教育法に書いてある。一般的にいうと公民館、図書館とかあるいはスポーツ、映画、図書の推薦などさまざまな面において社会教育がよく行なわれるような環境をつくり出すことを目ざしている。その根本は人間をつくること、さまざまな問題を正しく認識して正しい判断を下し、その判断に自ら責任をとるという、人間としての力を育成するにあると考えている」（41）

●天野貞裕、1970「後語」天野貞裕［1970：407-415］
□「第七篇「国民実践要領」については、本巻「日々の倫理」中の「わたしの心境――『実践要領をめぐって』において詳らかである★。この計画が世間に洩れると、当時文部大臣の地位にいたわたしが国民に対して道徳を指示するのは不都合だという世論が盛んに起り、はなはだしきに至っては「天野勅語」などと言って攻撃された。そこでわたしは退官後に個人としてこれを公表した。本来、大臣として公表しても何ら差し支えないものであるから、いわゆる世論に屈したことは今日より見れば不覚の至りであったと考えている。
　なおこれはわたしの平生尊敬している高坂正顕、西谷啓治、鈴木成高の三氏に依嘱して編纂したものであった。当時この事情を公表できなかったのは三氏とも追放中であったからである。それでなくとも風当たりのひどかったこの書が追放者の関係したものだと言ったら、どんなことに帰着するか、わからなかったから、公表しなかったのである」（415）
　★　天野貞裕、1951（12月2日）「わたしの心境――『実践要領』をめぐって」天野［1970：223-228］

■大田堯編著、1978『戦後日本教育史』岩波書店.
◇1950年10月17日　「学校の祝日行事に「国旗」を掲揚し、「国家」を斉唱することが望ましいとの談話（「学校における『文化の日』その他国民の祝日の行事について」）を発表するとともに、文部大臣官房総務課長名でその趣旨の周知徹底方を要望する通達（いわゆる天野通達）を出した」（大田堯［1978：193］）

◇1950年11月7日　「「新しい修身科の特設」構想を全国都道府県教育長協議会の総会で公表した。「社会科は社会道徳には適切だが、個人道徳には不十分だ。社会科を発展させ整理しして、人生論や思想問題を主とする教科、つまり新しい修身科を特設するのが望ましい」というもので、同時にその「教育要綱」の制定についても示唆した★」（大田堯［1978：194］）
　★　『日本教育新聞』（1950年11月11日）

◇1951年1月4日　「「道徳教育の振興方策」を審議した教育課程審議会（石三次郎会長）の答申（51年1月4日）でも、「一部の児童、生徒の間には、著しい道徳の低下が現われている」ので道徳教育の徹底が必要だが「道徳教育を主体とする教科あるいは科目を設けることは望ましくない」★との見解が明らかにされる」（大田堯［1978：195］）
　★　文部省初等中等教育局初等教育課、1968『教育課程審議会要覧』5‐8.

◇1951年4月26日　文部省「教育活動の全体を通じて道徳教育を行うという基調で道徳教育の充実を説いた「道徳教育の手引要綱」を作成し公表」（大田堯［1978：195］）

◇1951年9月22日　「富山県下の講演旅行に赴く車中で行った記者会見」（大田堯［1978：195］）において「「講和条約が国会で批准される機会に文部大臣名で『国民実践要領』なるものを出し、独立回復後の日本国民が真に自主独立の精神をもって道徳的に生きていく目標を示したい。これは決して教育勅語の復活の如きものではなく、何の拘束もせず、この際はっきりした人生観を持ちたいと思う人々の参考に供するだけである」と語った」（大田堯［1978：196］）

◇1951年10月15日　参院本会議「「将来わが国の宗教・法律・道徳・教育の中心点をどこに求めるか」という質疑にたいし、文相は「一方において学校で道徳教育を改善し、他方では一般の道徳的基準となるようなもの、個人・社会・国家というような、天皇の象徴性というようなことを国民に理解していただく参考になるようなものを近く提示したいと考えている」との所信を表明」（大田堯［1978：196］）

◇1951年11月14日　『朝日新聞』「国民実践要領」の大綱を報ず
◇1951年11月17日　『読売新聞』「国民実践要領」「文相草案」の全文スクープ（大田堯［1978：197］）
◇1951年11月26日　天野文相「国民実践要領」の撤回（大田堯［1978：198］）

■小熊英二、2002『〈民主〉と〈愛国〉――戦後日本のナショナリズムと公共性』新曜社.
□「［…］そこで表現された心情は、戦前や戦中への回帰を志向するものではなかった。むしろそれは、戦争で限界を露呈した旧来の「道義」を批判し、新しい「道義」を模索するという主張につながった。
　［…］
　そこで再建される「道義」は「滅私奉公」という形態ではなく、個人の自覚と責任意識にともづいたものでなければならなかった。倫理学者の天野貞祐は、1946年の講演で、「個人的自覚が発達しない方が利己主義に陥りやすいのである」★と強調している。「滅私奉公」がエゴイズムと無責任を蔓延させたことこそ、戦争の教訓だったからである」（小熊英二［2002：70］）
★天野貞祐　全集4巻

□「朝鮮戦争開始直後の1950年8月、当時の吉田茂首相は、天野貞祐・安部能成・和辻哲郎などオールド・リベラリストの文教審議会委員を招き、「健全なる愛国心」の養成について懇談を行なった。そして同年10月2日には、吉田は新聞協会で「純正にして強固な愛国心の再興を文教政策の筆頭にかかげたい」という談話を発表した」（小熊英二［2002：357］）

≫HOME　≫事項リスト