里見弴（さとみ・とん　1888-1983）

▼人
□小説家、有島武郎の弟。

▼文献
●里見弴、1916（大正5年4・5月）「善心悪心」『中央公論』（1916-4・5）.→里見［1951：5-54］

■里見弴、1951『善心悪心　他三篇』岩波文庫（緑60-4）.

▼引用
●里見弴、1916「善心悪心」『中央公論』（1916-4・5）.→里見［1951：5-54］
□「［…］昌造は苦笑ひを浮かべただけで黙つてゐた。けれどもさすがに活動小屋の内部を思ひ描くと、堕ちて行く女の運命を哀れまずにはゐられなかつた。（出獄したために、獄中より、入獄以前より、更に悪い、暗い生活へはいらなければならなかつたとしても、それは獄吏の知つたことではない。まして俺は、どんな控へ目に考へても、少くとも、女をより不幸にしようと思つて、彼女の身の自由を購（あがな）つてやつたわけではなかつた。それが、その結果は！六十近い母親は婆や奉公に出る。女は浅草の活動小屋で唄を唄ふ。人間の善良な意志が、思ひがけぬ不幸の因をなした例は山ほどある。「運命」の皮肉な悪戯！人間の道義心を嘲笑ふ「運命」の悪戯！）――こんな風に昌造は、自分の一時の出来心に等しい「善良な意志」――それを貫徹させることに全く無努力無責任だつたこれまでの態度、そんあことは全く棚にあげて置いて、この不幸の源を、「運命の悪戯」といふ、決して不服の出ない、うまい所へおッ被せて考へた。そしてその思考にあふられて、傲慢になつて、まるで彼が意地悪な「運命」とグルになつて、初めからこの結果を見越してゐながら、「善良な意志」でお京親子を不幸の穴へ落し込みでもしたやうに、その企が着々思ふ壺へ嵌つて来たやうにさへ思ひ曲げて、竊かに邪悪な心に阿（おもね）つた」（27）

□「我々は「自由」といふものを掴むことが出来ようか。他人との対立に於てでなく、自分一人の、絶対の自由といふものを。
　自由とは畢竟「意識の自由」であることは論を俟たない。人はごく不自然な自分を自由であると意識する自由も、どんな自由な自分をも不自由であると意識する自由も、決して失ふことはな・・39　い。要はたゞその「意識」が外的な何物かに支配されるか否かに帰する。絶対の自由とは開放されたる意識である。外的な何物をも含まない「人格的自由」――もっと砕いて言ふなら「自然な心」「素な心」それだけが自由だ。僕は近頃かう思つて、為たいことを為、思ひたいことを思ひ、全くなんの目標もなく、批判もなく暮してゐる。が、併しどうも淋しい」（39-40）

◆20100326, 0502, 0531, 20130108

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