北昤吉（きた・れいきち　1885-1961）

▼人
□新潟県佐渡市出身。評論家。早稲田大学。北一輝の実弟。1936年以降、衆議院議員。立憲民主党に所属。尾崎行雄らと大政翼賛会に反対する。戦後は、日本民主党、自由民主党に所属。

▼文献
●北昤吉、1918（大正7年）「日本人の自我喪失病」『中外』2-1（1918-1）：51-62.
●北昤吉、1918（大正7年）「国家民生主義を提唱す」『中外』2-4（1918-4）：43-52.★
　★　『中外』2-4は、発禁となったため『中外』2-5（1918-4-10）に掲載された。

■1988『社会文学雑誌叢書14　復刻版　中外2　第2巻1号』不二出版.
■1988『社会文学雑誌叢書14　復刻版　中外4　第2巻4号～6号』不二出版.

▼引用
●北昤吉、1918（大正7年）「日本人の自我喪失病」『中外』2-1（1918-1）：51-62.
□「生活力の薄弱なる者は境遇に甘んずると共に権利思想にも乏しい。改造の要求は利益の観念と共に権利思想を要件としてゐる。日本人は義務と犠牲と没我とを道徳の全部と心得権利の要求の如きは徒らに秩序紊乱の聲として呪詛せらるゝのみである。資本家と労働者との契約関係をも主従関係と看做さんとするのが、日本の経済学者である。自己の権利の増大、社会的位置の向上の要求からではなく、単に物価騰貴の為めに直接胃腑の問題に触れた時・・56　に、一時の思う附きの如くストライキをやるのが日本の労働者である。子が親に対し、妻が夫に対し、人民が政府に対して行ふべき義務の全部と心得、権利の要求の如き道徳と没交渉なるが如く説く者が日本の道学先生である。豈笑止の極みではないか。
　既に権利思想が乏しいから自我意識が極めて不鮮明である。自我はフイヒテの指示せるが如く抗抵と障碍とに出遇つた場合に最も鮮明に意識さるゝものであるが、游泳と犠牲と没我と追従とを道徳なりとして教育せらるゝ国民は、真の意味に於ける自我を有することは出来ない。［…］日本人の家名を重んずる名誉狂は自我喪失病と同一の場合がある。日本人の自我喪失病は挙国一致には至極便利であるが、社会の改造、労働者の地位の向上、国民の政治的訓練には甚だしい障碍である」（北［1918：56-57］）

●北昤吉、1918（大正7年）「国家民生主義を提唱す」『中外』2-4（1918-4）：43-52.
□「我が国の民本主義の最大缺点は浅薄なる個人主義と低級なる人道主義とに禍せられたる点にある。今日吾人にして政治を説かんと欲せば、先づ憲法学上国家主権論に立脚し、次に政治の目的論に就いては、政治の目的を現在の最大多数者の最大幸福に求めずして、之を時間的に継続する国家其物の健全なる発達に求め、次に国家の健全なる発達は国民各個をして国家を協同的に経営する実力を養はしめ且つ其の責任感を惹起せしむるにあるを説き、而して此の実力と責任感との養成には個人が国家生活内に於て人格者としての自由と権厳とを保證さるゝを条件とすることを説く必要がある」（北［1918：45］）

□「然らば謂ふ所の人格者としての自由と威厳とは何であるかと云へば、自己の服従すべき普遍的法則に対して各人が立法者たる地位に立ち、此の法則をば宛然自己の内在的法則の客観化せるものなるが如く感じ、服従と自由、強制と自由との一体化を意識することに外ならぬ。又吾人は国家の使命を考ふるに当つても、国家の最大要務は単なる個人の幸福に非ずして、各個人をして国家意思の構成者たるべき自律の能力の養成なるべ・・45　きを考へ、個人の生命、財産、幸福の保證の如きは此の自律的人格の養成の条件たるに過ぎないことを考ふる必要がある」（北［1918：45-46］）

□「斯くて参政権や憲政の要求の如きは自由と威厳とを内容とする自律的人格の概念より自然に開展し来るものである。蓋し国家意志の構成に参与せずしては、人格者は未だ人格者として成立しないからである。之れデモクラシイの根本概念であつて、個人的自由を主張する個人主義や最大多数の最大幸福を信条とする功利主義とは没交渉である。由来吾人の要求する国家は自律的人格を内容とする公民国家であつて、斯かる国家生活に於ては「目的の一致」（community of end）が第一義であつて、最大多数の最大幸福主義を基礎とする国家の如く「平等」（equality）を第一義とするものではない。斯のプラトーンが各個人の分業的貢献に依つて「公正」（justice）を実現することを目的となし、カントが各個人が其の服従すべき普遍的法則に対して立法者たることを主張したのは共に「目的の一致」を説ける集合主義である」（北［1918：46］）

□「以上吾人は国本主義に立脚して、個人主義的民本主義を排し、民族の絶対自由を主張する民族主義を排し、更に軍国主義の名を汚辱する一切の主義を排し来つた。されど吾人をして人民の権利を全然否認するものと誤解してはならぬ。吾人は先に健全なる国家生活は自律能力のある人格者を内容とすると主張したが、今や自律的人格は如何にして作成せらるゝかを論究すべき時機に達した。謂ふ迄もなく自律的人格者は其の一切の自由を保證せらるゝ基礎条件として政治的自由と経済的自由とが与へられなければならぬ。斯くて国本主義を背景とする民生主義を生ぜざるを得ない。［…］吾人の所謂民生主義は国本主義を背景とする政治的民本主義と経済的民本主義とを総括せるものに外ならぬ。国家の健全は個人の健全を条件とする以上、吾人は国家に対して個人をして真に其の生存の意義を全ふせしむることを要求せざるを得ない。国本主義は各人の平等よりも「目的の一致」を第一義に置くと雖も、国家意志の構成が個人意志に依つて構成せられ、国家の生存が個人の生存に依つて可能となりとせば、国本主義は民生主義を条件としなければならない」（北［1918：51］）

□「更に民生主義の他の内容は大胆なる社会政策の実行に依つて一般国民の生活を保證さるゝことに依つて充填せらるゝものである。今日民本主義を以て人民の為めの善政主義と解釈する守旧家あるが如く、社会政策を以て国家若しくは国家の上層階級の貧民に対する慈善行為の如く誤想する者がある。されど現在の貧富の懸隔は国家組織其物の缺陥より自然に生じ来つたものであつて、社会政策の実行は国家が其の健全なる生存を営むが為めに是非共実行せざるを得ざるものである」（北［1918：52］）

▼参考文献
●山川均、1916「「国家民生主義」を排す」→山川［2003：515-521］

■山川均、2003『山川均全集1』勁草書房.

◆20120404, 0407, 20130107

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