木部尚志（きべ・たかし 1964-）
□「政治思潮的背景をいえば、〈運の平等主義〉は、福祉国家を批判するニューライトにたいする左派リベラリズムの理論的応答である。福祉国家を支持してきた従来の平等主義は、一方では階級闘争に由来する不平等の打破を重視しながらも、他方では個人の能力や選好に起因する不平等を平準化しようとすることを問題視しなかった。ニューライトの福祉国家批判は、まさにこの点を衝いて、個人の選択や選好（例えば勤労意欲の程度やライフスタイル）に起因する社会経済的不平等への公的援助の道徳的問題を指弾したのであった★1。これにたいして左派リベラリズム、G・コーエンの言葉を使っていえば、「平等主義に反対する右派の武器庫にある最強の理念」である「選択と責任の理念」を平等主義の理論に取り入れることで対応したが（Cohen[1989：933]）★2、その帰結が〈運の平等主義〉にほかならない。つまりこの理論は、新自由主義から自己責任の考え方を取り入れることで、従来の福祉国家に修正をくわえつつも、問責不可能な不平等にたいする再配分を擁護する試みである」（62）
★1 Kymlicka[2006：11-17]（Kymlicka, Will 2006. Left-Liberalism Revisited. The Egalitarian Conscience, ed. C. Sypnowich. Oxford University Press：9-35.）
★2 Cohen, Gerald A. 1989. On the Currency of Egalitarian Justice. Ethics. 99：906-944.
△キーワード：責任‐平等 運