土居健郎（どい・たけお 1920-2009）
□東京大学医学部。東京大学、国際基督教大学教授。国立精神衛生研究所所長。
△キーワード：責任
□「［…］「神は自ら助くる者を助く」という諺がユダヤ教やキリスト教の伝統とは本来無関係のもので、1640年に出版された George HerbertのOutlandish Proverbs に初めて出てくるという事実は大変面白い。この諺はなお1680年頃に出版された Algernon Sidney Discourses Concerning Government の中にも引用されているが、それは万人が万人にとって敵である世にあって、自立自衛以外に頼むべきものがないことをいうために用いられているのである」（123）
★ Herbert, George. 1874. Outlandish Proverbs. London, J. C. Hotten.
★ Sidney, Algernon. 1698. Discourses Concerning Government. London, J. Littlebury.
★ Sidney, Algernon. （1622-1638）、イギリスの政治家。清教徒革命に参加し、後に王政復古の際に国王暗殺未遂事件に加担した疑いで処刑された。
△キーワード：自助 「神は自ら助くる者を助く」
■土居健郎、2001『続「甘え」の構造』弘文堂.
□「私は以下に今日理解されているような意味での自助の思想がもっぱら西洋の産物であるという点について更に詳述したいと思う。私は歴史家ではないが、自助の思想ないし固有の自律という思想はルネサンス期に及んで漸く西欧でも一般的なものとなったと言うことができる。多分この思想は「神は自ら助くる者を助く」という諺と期を同じくして出て来たものではなかろうか。因みにこのこの諺は17世紀には一般に流布していたと思われる。というのはアルガノン・シドニー（Algernon Sidney）が1680年頃に書いた『政府についての論』という書物の中でこの諺を用いて自論を展開しているからである。類似の格言がジョージ・ハーバート（George Herbert）によって1640年に出版された Outlandish Proverbs（「変わった諺」の意）にも出て来る。面白いことにこれと内容的に同じ格言が昔のギリシアの作家にも見出されるが、聖書を含めユダヤ教的またはキリスト教的文学の中には見出されない。「神は自ら助くる者を助く」の「神」は率先して人間を助けることはせず、人間が自分を助けるの・・177 を待っているのだから、ユダヤ教やキリスト教の神ではないことになる。このように解釈して間違っていないと思うのは、上述したシドニーの本の中では例の格言が互いに敵対する世界の厳しい、ほとんど残酷な現実に注意を促すために使われていて、助ける神のことなど問題にもなっていないからである。人間が自分を助けるのを待っている神は頼みにはならぬから不用も同然である。畢竟重要なのは自分自身を助けるか否かということになる。私はこのことが西洋近代において現実のものとなり、自助ないし自己決定の理想が多くの競合するイデオロギーの中心的な主題となったと考えるのである」（177-178）
△キーワード：自助 「神は自ら助くる者を助く」